
さて、先週末は大阪に行ってきた。
ここ、一、二年はご縁があって大阪に行く機会が増えている。
なぜ「大阪」なのかと問われれれば「面白いから」としか答えようが無い。この「面白さ」という曖昧且つ抽象的な表現になってしまうのは、「被写体」としての面白さ、「飲み歩く」面白さ、「人」の面白さ等々多岐に渡る。
まぁ、とりあえず「面白い」のだ。
私は民俗学者ではないのであーだこーだと講釈たれることはできないのだが、一つ言えるのは大阪という街は「個性」がある、ということだ。恐らく他の地方都市にも言えることだが東京のように商業的に加工された個性とは違う、天然の個性がまだ色濃く残っているということ。

今回もまた難波でバスを降り、約束の時間まで日本橋界隈を中心に徘徊してみた。いつもなら心斎橋あたりを抜けて梅田へ歩くようなコースなのだがこの日はあいにくの雨だったので小さなエリアをぐるぐる歩いていた。ただ、雨というのはスナップ撮る上で最大の障害で、テンションが上がらない。これはどんなに経験を積んでも変わらない。天候というのは極めて重要。

歩いていて、やはり目に付くのは「個人商店」が今もたくさん残っている点。千日前あたりのアーケードは道具街が近かったりもするのでなおさらなんだが東京や地方都市では見かけなくなった個人商店というのが今も残っている。

大阪の友人らとこういう話をすると「東京にもあるで」と言われるのだが、なんか肌で感じる印象としては東京の個人商店とは違うのだ。なんというか「専業」とでも言うべきか、東京の「下町」と言われつつ明らかに地代の高いエリアなどは「兼業商店」というか、不動産経営の傍らに魚や八百屋をやっているところが少なくない。また、店舗数も限られている。ただ、大阪のそれは専業だし、数も多い。「大手スーパー」が台頭しているような気配もない。
端的に言ってしまえば昔からこうだし、これからもこうなんだろうな、というか。

時代の流れに合わせてそれなりに変わっているんだと思うが、その「変化率」は東京に比べて圧倒的に低いように思う。政権が自民党だろうが民主党だろうが関係なく、今も昔も同じというか。オッサンはぶつぶつ言いながらチャリンコに乗り、オバチャンはアメちゃんを配るというか、そんな感じ。
また、東京というところに長く住んでしまうと気付かないような空気が残っている。良くも悪くも「昭和」だったりもする。

それでそんなことを考えながらぶらぶらしていると:
「ああ、きっと大阪って大丈夫なんだろうな」
と思った。大阪都計画とか橋下が市長になったりと日本国内で政治的にも注目されているはずなんだが実際にはあまり変わっていない。これは凄いことだと思う。政治は政治で変わるがそこに住んでいる人は変わらないというか。
私のような観光客は表面的なところしか見ていないので本当は大阪の人たちの内面は変わっているのかも知れないが、間違いなく大阪には「地力」というか変わらない「太い部分」があるわけで、この太い部分が揺らぐことは無いだろう。
きっと北朝鮮に占領されても変わらない、それくらい「太い部分」だ。
どうも東京に住んでいると時代に合わせて変わらないとならない脅迫観念に囚われるが、本当はそんなに無理に変わったり、変えたりする必要ないのかもしれん。


