
昨年末からほとんど用事がない限り自宅に引きこもっている。
かねてから予告というか「予言」に近いような「ECサイト」のことを書いているがいよいよ大詰めである。
とりあえずオープンの目処が立った。
予定よりも一ヶ月ほど時間を要したし、まだ完璧ではない。
ただ、私は鼻から「100%」は無理だと思っている。
これは私自身の問題でも、ましてや一緒にやっているパートナーの問題ということではない。
たまに「完璧だ!」と言う人がいる(※それぞれのやっている内容や状況を考慮する必要はあるが)。でも、そんなの「嘘」だ。ポジショントークだったり、周囲への配慮だったりと複雑な事情が介在する。
本人は「『100%ではない』ことも『足りてない部分』も分かっている」のである。
ただ、一人でやっている訳ではないし、「自分はこうしたいし、自分でできる」と思っていても実際にはできないことは多い。そして「できない理由」の大半は「時間」の問題である。
正直なところ最後は「ヒト・モノ・カネ」ではなく、「時間」だ。
当たり前だが私だって常に「100%」を目指している。基本的にギリギリまで粘る。それなりに終わらせるのは簡単なんだがそれは性格的に受け付けない。なので時間ギリギリまで粘るし、そこに労力を惜しまない。ただ、やはりどこかで「線引き」しなくては先に進まない。
そう、重要なのは「先に進むこと」である。これは「100%」以上に重要だ。
だって、進まない限り何も変わらないからね。足りていない20~30%は「進みながら足せる」ということは経験則で知っている。
一方、「常に100%(完璧)のヒト」というのは世の中に少なからず存在する。これは本当にそうなのか、単なるアホなのかはそのヒトの「成果物」で主観で判断するしかないのだが、たいていの場合「単なるアホ」だ。
「どんだけ目標設定低いねん!」
といつも思うのである(その本人と周囲が納得しているなら私はどうでもいいのだがね)。
それで私の場合、若かりし頃「100%」を目指し、「完璧で格好良い仕事」を目指しすぎて自分にも周囲にもプレッシャーをかけ続けた時代がある。あの頃は青かったな、といつも思う。いろんな人に迷惑をかけたと思う。確かに実績はできたが失ったものも多かったと思う。
そして今、そのことに対して後悔しているし、私個人が「一人でやれること」に関して100%を目指す分には構わないが、複数の人が関わる場合は周囲とのバランスやリソースを考えて判断するように変えた。前述したが「時間が無限にある」なんてことはありえないので最終的には時間の制約が意思決定のトリガーになる。
その結果、あの頃の100%を求めるスタンスは相変わらずなのだが、ただ、70~80%のところで一度線引きをし、「良しとする」ことにしている。経験則で言うと私の思う70~80%というのは世間で十分通用するし、その残り20~30%で「軌道修正」することもできる。100%を目指し、実際に100%で完成した場合、実は軌道修正がしづらい。むしろ人は完璧な状態を変えるというのは物理的にというより心理的にできないことが多い。
そういう意味でも多少の「のりしろ」は残したほうが良いようにも思っている。
だから「概ね70~80%を合格ライン」としている。
そして私はこのことを「プチ妥協」と呼んでいる。
煮詰まってギリギリのところまで来たら心の中で「プチ妥協」と呟いてみると意外と前進することが分かると思う。


