
滅多にカメラ量販店に行かない。昔は仕事で毎日行っていたし、店内を眺めているだけでもけっこう楽しかったのだが最近ではネットで見ることのほうが多い。
月に一度か二度くらいは撮影機材の下見をしに行くくらい。やはり実際に見ないと分からないもんね。
それでたかが月に一度か二度しか行かないんだけど以前に比べて品揃えや客層が変わっていることに時代の流れを感じる。今では携帯電話のカメラ機能のおかげで「日本国民総カメラマン」なのだがそこからの脱却組なのか、女の子やおばちゃんが増えている。
実際のところ「女の子が撮る写真」というのは玉石混合散見されるのはもちろんなんだがこれがなかなか悪くない。むしろ写真という媒体は女性の方が向いているんじゃないかと思うことすらある。

当然男性でも良い写真を撮る人はわんさかいるんだが、相対的に女性の方が発想が豊かだし、撮り方が大胆に思う。
男というのは可愛いものを心底可愛いと思ったり、ましてや言葉にすることに抵抗を覚える。しかし、女性というのはその辺の感情を素直に、そしてダイレクトに言葉にする。そこに迷いはない。一方、男性でもそうした感情(というか言葉)を出して撮るカメラマンはいるにはいるのだが私から見るとどうもぎこちない。
要するに男が発するそういう言葉というのは嘘臭く聞こえるし、そんな現場に立ち会おうものなら鳥肌が立ってしまう。
なんか自然ではない。撮られている相手はどう思っているのか分からないが、「それで良い」というならその「嘘くさい感じのカメラマン」が正しいので私が間違っているということになる。

そしてもう一つ女の子の強みを挙げると、なんでもかんでも「カワイイ」で片付くのだ。
子供を見て→カワイイ
犬や猫を見て→カワイイ
デコ電を見て→カワイイ
ドクロマーク→カワイイ
などなど。とりあえず「カワイイ」なのだ。「ドクロ」が施された洋服やグッズを見かけたことがあると思うが、女の子の感性で言うとあれもまた「カワイイ」のである。そこには;
○○だからカワイイ
××なのでカワイイ
という装飾表現は必要なく、ただ、ただ、「カワイイ」のである。
そして困ったことに女の子同士というのはこの「カワイイ」だけで意思疎通ができてしまう。何がどうカワイイかというのは問題ではない。「カワイイものはカワイイ」のだ。
日本語というのは世界的みても表現の幅が広い言語のはずなんだがどうしたものか。これを日本語教育の失敗だと嘆いても仕方ない。そもそもこうしたことを嘆くのは男のエゴなのだ。

当ブログの読者の大半が「オッサン」だと理解しているが、通勤電車や職場で女の子同士の会話に聞き耳たててみると良い。「カワイイ」が何回出てくるか数えるとよく分かる。
いいですか、「可愛い」ではなく「カワイイ」ですよ。

