今週は「外」で呑む機会が多い。基本的に誘われればノーとは言わないことにしているのだが、誘ってくれた人とだけ呑んで帰ってくれば良いのだが、ついつい寄り道してしまう。
そして、翌日の朝には前夜の記憶はなく、財布の中身が軽くなっているのを見ては反省しているわけだが・・・。人間というのは(というか私の問題だが)過ちを繰り返す生き物なのだねぇ。
それで昨夜も某氏らと上野で密会(?)していた。気の置けない仲間と呑むというのは精神的にも気楽で普段言えないようなことを言えたり、ましてやブログに書けないような話もできてありがたい。
昨夜あった友人たちは昔から知っているのと当ブログの熱心な(?)読者ゆえ、久しぶりに会っても会話がスムーズに繋がる。それで昨夜は「メンタルの鍛え方」を話した。
過去のエントリで意外と反応があったのが;
・自由はある日突然やってくる。
・「生」の執着を捨てる。
それで「メンタル鍛えとけ」と言っている割には鍛え方書いてなかったよな、と。別に出し惜しみするような話でもなくてタイミングが無かっただけ。それにたいした話でもないし。
それで何をするかというと単純で、日々常にこう思えば良い;
「今の生活はいつまでも続かない。」
と。
これだけでメンタルは鍛えることができる。本質的に「鍛える」というのとはちょっと違うかも知れないが、こう考えておけば「心構え」はできる。結局のところ不測の事態というのは予期していないから不測の事態なのであって、心構えさえできていればそれは不測の事態ではない。結局、会社をリストラされて路頭に迷うなんていうのは今の生活が未来永劫続くという「幻想」があるから路頭に迷うのであって、「そういうことも起こりうる」と日々思っていれば別に問題じゃない。
さて、この考え方はおそらくすべての人に当てはまると思う。今、特段不満はない、もしくはイケてる人、逆に何をやっても上手く行かない、気分が沈んでいるような人など。
イケてる人は今の自分を維持する、もしくはさらに上を目指すために努力するようになるし、どうも何をやっても上手く行っていない人は楽観的(だって、いつ終わるか分からないがその生活は続かないんだから)にそうした状況から脱却する努力ができる。いずれも「ずっと続かない」前提なんだから。
すると必然的に「行動」が見えてくる。あとは「脱却する日」まで行動し続ければいい。どんなに成功している人でも不安感はあるし、成功していない人はなおさら。それは「当たり前」だ。ならばびくびくするよりも、やるべきことを見つけて地道にやればいい。アップサイドかダウンサイドかだけを意識すれば良い。
人は何か(大小関わらず目的を持って)行動していればそれだけで精神は安定する。
ただ、人によってはダメなときは「死んだふり」するという人もいたり、人生のバイオリズムが下がっている(もしくは上がっている)と考える人もいるだろう。そこに正解はないので善し悪しを問うことはできないが、やはり「いつまでも続かない」と思うことが大事だと思う。
それで、このやり方が該当しない人というのも存在している。それは;
「思考停止している人」
こういう人はどうしようもない。思考停止しているから人の話を聞くのも面倒だし、相手を慮ることもない。要するに考える行為を拒絶している人。新しい知識や情報を体内入れることを拒む人。これはどうしようもない。当然新しい知識や情報を取り込むにも、普段からそういう有り様なので何かのきっかけで伝搬してきた情報の真贋を見極めることもできない。端的に言うとテレビの内容を鵜呑みにするような感じの人。情報の真贋を見極める技術を体得するには相応に時間がかかるものだ。
具体例で言うと今のサラリーマンってまさにこれだろ。
誤解を恐れて加えると私も「そういう時代」があった。仕事していれば毎月給料振り込まれるし、そこそこステータスのある生活もできた。世間体も気にしないで良いし、合コンや初めて会う人に自己紹介もしやすい。相手に自分の素性を伝えやすい。だから考える必要はなにもない。
そして、もう一つ覚えておいたほうがいいのは;
「仕事は最大の現実逃避」
ってこと。
これは個人差あると思うけど、仕事していれば前述したが「とりあえず生きられる」のだよ。これはこれで悪いことではない。熱狂的に仕事に集中する時期があって当然だし、それは大事なことだ。ただ、時折自己点検はすべきだと思う。仕事に猛進してしまうと周囲が見えなくなる。
実際、仕事だけしていれば良い状態というのは本当に楽だ。世間のお父さんたちが家庭を顧みない理由なんて、仕事が大事なんではなく、それが一番楽だからとすら思う。「家族を養う」という大義名分を否定しないが、それを含めて家庭を顧みて、初めて男の技量なんじゃねーの?
それでついでなんだがワーキングプアと呼ばれている人というのはこの典型じゃなかろうか。一生懸命働いているけど生活は楽にならない、言わんとしている主旨は分かるんだけど、そこから脱却する努力をしていない。そのくせ国や会社にぎゃーぎゃー言ってしまう。
するとそういうのを見つけたマスゴミ連中がこぞって取材して報道するのだが、まずは取材しているマスゴミ連中の年収を聞いて、どうしたらそうなれたかを教えて貰えばいい。そいつらの話を親身に聞いて「味方のフリ」してる連中がどれだけ法外な年収を得ているか。
---
さて、なんかもう少し書くことあったように思うけど長くなったのでこの辺で。

そして、翌日の朝には前夜の記憶はなく、財布の中身が軽くなっているのを見ては反省しているわけだが・・・。人間というのは(というか私の問題だが)過ちを繰り返す生き物なのだねぇ。
それで昨夜も某氏らと上野で密会(?)していた。気の置けない仲間と呑むというのは精神的にも気楽で普段言えないようなことを言えたり、ましてやブログに書けないような話もできてありがたい。
昨夜あった友人たちは昔から知っているのと当ブログの熱心な(?)読者ゆえ、久しぶりに会っても会話がスムーズに繋がる。それで昨夜は「メンタルの鍛え方」を話した。
過去のエントリで意外と反応があったのが;
・自由はある日突然やってくる。
・「生」の執着を捨てる。
それで「メンタル鍛えとけ」と言っている割には鍛え方書いてなかったよな、と。別に出し惜しみするような話でもなくてタイミングが無かっただけ。それにたいした話でもないし。
それで何をするかというと単純で、日々常にこう思えば良い;「今の生活はいつまでも続かない。」
と。
これだけでメンタルは鍛えることができる。本質的に「鍛える」というのとはちょっと違うかも知れないが、こう考えておけば「心構え」はできる。結局のところ不測の事態というのは予期していないから不測の事態なのであって、心構えさえできていればそれは不測の事態ではない。結局、会社をリストラされて路頭に迷うなんていうのは今の生活が未来永劫続くという「幻想」があるから路頭に迷うのであって、「そういうことも起こりうる」と日々思っていれば別に問題じゃない。
さて、この考え方はおそらくすべての人に当てはまると思う。今、特段不満はない、もしくはイケてる人、逆に何をやっても上手く行かない、気分が沈んでいるような人など。イケてる人は今の自分を維持する、もしくはさらに上を目指すために努力するようになるし、どうも何をやっても上手く行っていない人は楽観的(だって、いつ終わるか分からないがその生活は続かないんだから)にそうした状況から脱却する努力ができる。いずれも「ずっと続かない」前提なんだから。
すると必然的に「行動」が見えてくる。あとは「脱却する日」まで行動し続ければいい。どんなに成功している人でも不安感はあるし、成功していない人はなおさら。それは「当たり前」だ。ならばびくびくするよりも、やるべきことを見つけて地道にやればいい。アップサイドかダウンサイドかだけを意識すれば良い。
人は何か(大小関わらず目的を持って)行動していればそれだけで精神は安定する。
ただ、人によってはダメなときは「死んだふり」するという人もいたり、人生のバイオリズムが下がっている(もしくは上がっている)と考える人もいるだろう。そこに正解はないので善し悪しを問うことはできないが、やはり「いつまでも続かない」と思うことが大事だと思う。
それで、このやり方が該当しない人というのも存在している。それは;
「思考停止している人」
こういう人はどうしようもない。思考停止しているから人の話を聞くのも面倒だし、相手を慮ることもない。要するに考える行為を拒絶している人。新しい知識や情報を体内入れることを拒む人。これはどうしようもない。当然新しい知識や情報を取り込むにも、普段からそういう有り様なので何かのきっかけで伝搬してきた情報の真贋を見極めることもできない。端的に言うとテレビの内容を鵜呑みにするような感じの人。情報の真贋を見極める技術を体得するには相応に時間がかかるものだ。
具体例で言うと今のサラリーマンってまさにこれだろ。
誤解を恐れて加えると私も「そういう時代」があった。仕事していれば毎月給料振り込まれるし、そこそこステータスのある生活もできた。世間体も気にしないで良いし、合コンや初めて会う人に自己紹介もしやすい。相手に自分の素性を伝えやすい。だから考える必要はなにもない。
そして、もう一つ覚えておいたほうがいいのは;
「仕事は最大の現実逃避」
ってこと。
これは個人差あると思うけど、仕事していれば前述したが「とりあえず生きられる」のだよ。これはこれで悪いことではない。熱狂的に仕事に集中する時期があって当然だし、それは大事なことだ。ただ、時折自己点検はすべきだと思う。仕事に猛進してしまうと周囲が見えなくなる。
実際、仕事だけしていれば良い状態というのは本当に楽だ。世間のお父さんたちが家庭を顧みない理由なんて、仕事が大事なんではなく、それが一番楽だからとすら思う。「家族を養う」という大義名分を否定しないが、それを含めて家庭を顧みて、初めて男の技量なんじゃねーの?
それでついでなんだがワーキングプアと呼ばれている人というのはこの典型じゃなかろうか。一生懸命働いているけど生活は楽にならない、言わんとしている主旨は分かるんだけど、そこから脱却する努力をしていない。そのくせ国や会社にぎゃーぎゃー言ってしまう。
するとそういうのを見つけたマスゴミ連中がこぞって取材して報道するのだが、まずは取材しているマスゴミ連中の年収を聞いて、どうしたらそうなれたかを教えて貰えばいい。そいつらの話を親身に聞いて「味方のフリ」してる連中がどれだけ法外な年収を得ているか。
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さて、なんかもう少し書くことあったように思うけど長くなったのでこの辺で。


