期待色と記憶色

R9316675-1.jpg

本日も大阪ネタにしようかと思いましたが、いささかクドイと思いましたので閑話休題。本日は「期待色と記憶色」について。

以前もちょっと書きましたが写真加工の是非について書いたが、最近では公開している写真に関しては何かしら手を加えている。トリミングや色の補正などなどこれは多岐にわたる。

「撮った写真を加工する」という点に関しては未だ議論のある話題ではあるのだが、私の場合はすっかり加工することを前提に撮るようになった。ただ、加工しなくても使える写真というのもあるのでその場合はそのまま使っている。要するにフレキシブルなスタンスでやらないと時代の流れには乗れないのである(写真に限ったことではないが)。

R9316683-1.jpgそれで昔はどうしていたか?すなわちアナログ(フィルム全盛)の時代はどうだったかというと多かれ少なかれ加工はされていた。今ほど写真家が関わる領域が広くはなかったが、現像液に浸す時間を変えたり、焼くときに増感したい部分だけを露出しその他の部分を覆うなど職人技の世界でもあった。とある大家の写真家などはフィルムを数十本無造作にバケツに放り込んで現像していたというエピソードもあるくらい。

なので広範囲な定義での「加工」というのは昔から行われていた。

R9316703-1.jpgそこで「期待色と記憶色」という概念が生きてくるのだが、結局写真家というのは撮ったときにみた色や空気感(=記憶色)、こういう色で出て欲しい(=期待色)という二つの色調をイメージしていることになる。

それで最近痛感しているのだがデジタルとアナログでは現像にかかる時間こそ違うが、実際のところはアナログ時代よりもよりシビアなカラーマネジメントが要求されるということ。正直なところ撮ってその場でカメラの小さなモニタで確認しても不安である。そこには「撮れた形跡」があるだけで「イメージ通りかどうか」までは分からないのである。

これが凄く不安なのだ。「デジタルなのになぜ?」と思われるかも知れないが、「写真の原理原則」に乗っ取れば、そこはデジタルもアナログも同じ原理であってフィルムがセンサーに変わっただけである。

デジタルの場合、よほどきっちりカラーマネジメントしている環境でないかぎり、画面で見る色とプリントしたものの色味には差が出る(※画面と紙が100%合致させることは理論上無理なんだけどね)。

なので結局ある程度結果を予想しつつ、期待色と記憶色のバランスを考えて加工したり、プリント発注することになる。

いずれにせよ正解があるものではないので「こうだ~!」と根拠もなく言い張った奴が勝つのだが、私のような小心者はこれができない。

さて、余談になってしまったが明日はまた「大阪ネタ」の予定です。

R9316685-1.jpg


web page

2012年3月

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

past pics

  • スタジオセッション-961.jpg
  • 120306.jpg
  • R9323644.jpg
  • IMG_7407.jpg
  • R9323652.jpg
  • R9323650.jpg
  • IMG_8778.jpg
  • IMG_8775.jpg
  • IMG_8832.jpg
  • IMG_8860.jpg
  • IMG_8756 のコピー.jpg
  • IMG_8733.jpg
  • IMG_8787.jpg
  • IMG_8792.jpg
  • IMG_8740.jpg
  • IMG_8722-3.jpg
  • IMG_8810.jpg
  • R9323601.jpg
  • R9323628.jpg
  • R9323619.jpg
  • 120228_3.jpg
  • 120228_2.jpg
  • 120228_1.jpg
  • 425462_286637091403870_100001727441874_693152_571810960_n.jpg
  • R9323605.jpg
  • R9323603.jpg
  • R9323646.jpg
  • R9323610.jpg
  • R9323588.jpg
  • R9323586.jpg
Powered by Movable Type 5.01
Creative Commons License
このブログはクリエイティブ・コモンズでライセンスされています。
www.flickr.com