時代の流れを感じる ~新世界~

R9317823-1.jpg


山崎から大阪へ移動し、その足で御堂筋線に乗って天王寺まで行く。

天王寺からはずっと梅田まで徒歩移動した。天王寺からまずは西成、飛田新地を目指して歩き出した。

それで最初に断っておくがこのエリアの写真はない。

理由は西成は日本のダークサイドであり、飛田新地は日本最大の「赤線地帯」だからだ。地元の人たちでも滅多に近づかないような場所だ。こんなところで撮ろうものなら何を言われるか分からない。実際のところその程度のトラブルなら構わないのだがやはり「秘め事」としてそっとしておくべきという考えのほうが強い。なんでもかんでも撮ればいいというものではない。

それにどういうわけか飛田新地の情報はネットでも少ない。皆、見て見ぬふりをするのがルールとも言える。それは飛田新地のケツ持ちが警察であり、この界隈は「飛田新地料理組合」という団体によって秩序を保っている。チョイの間が100軒ほど立ち並んでいて摘発されていないのには訳があるのである。横浜や他の地方都市の赤線は摘発されているのにここは聖域となっている。大阪にはソープランドが無いのだが、飛田新地は今も残っている。いずれにせよあまり素人が深く詮索するような場所ではないことは確かだ。

しかしながらそうは言ってもこの界隈は「大正時代の名残」があることも事実。一角には「鯛よし百番」という居酒屋があるのだがここは国の登録有形文化財でもある。景観としてはなかなか奥ゆかしい場所でもある。

ただ、今回見て思ったのだが恐らくあと10年以内にはなくなるような気がした。後述する新世界の観光地化に伴い、徐々に一般の人たちの出入りが南下傾向にあるからだ。私が訪問したときも学生らしきガキどもがぎゃーぎゃー騒いでいる光景を見た。「粋に遊ぶ」ことを知らない連中だろうがこういう連中が増えることで失われる文化や街があると思う。

西成、飛田新地を後にして新世界方面へ歩を進める。

R9317794-1.jpg新世界を目指して歩くもその道程には昭和な感じの場所が多い。新世界が特別なのではなく、このエリア一帯が未だに昭和の名残を残している。ジャンジャン横町を歩くとタイムスリップしたような気分になる。

R9317797-1.jpg以前、新世界に訪れたのがどれほど前だったか記憶は定かではないが、ただ、以前の印象とはガラッと変わっていた。特に道行く人たちが若く、カップルがデートしているのには驚きを受けた。
昔は昼間から小汚いオッサンたちが冷酒あおってるようなエリアだったはずなんだが・・・。

R9317796-1.jpg私もどこかめぼしい店を見つけてビールの一杯でも飲もうかと思うも意外と混んでいる店が多い。あと、並ばないと入れない店もあってなんか軽く一杯やっつける雰囲気でもなかった。

R9317801-1.jpgまた、串カツ屋がやたら増えていた。老舗もあるが新しい店の方が目立つ。テレビの影響だろうがこんなに串カツ屋だらけだと飽きてくる。しかも私好みというよりは「今風な店構え」なのでちょっと入るには抵抗がある。そうは言っても入りたい店は混んでいる・・・、昔はこんなじゃなかったのになぁ。どちらかというとこの界隈もあまり普通の人が近づかないエリアだったと思うんだが。

R9317809-1.jpg土曜日の昼間というチョイスがよくなかったのかもな。

R9317802-1.jpg「どっかで軽くビールでも・・・」というマインドが徐々に冷めてくる。新世界がダメならこのあと向かう日本橋か難波あたりでも良いかな、と思い出す。とりあえずどっか適当な店に入ろうと思っていたのだが「入りそびれた」のだ。

R9317803-1.jpgそれにしても変わっていない場所はあるにはあるが出入りする人の質は変わったな。以前はこんな感じの人なんて見かけなかったし。

R9317805-2.jpg毎回新世界に来たら「串カツでビール」と目論むのだが今回もダメだったな。ただ、なんか時代の流れというか、少しずつ変わっている空気を感じたな。ここは変わらない場所だと安心していた部分もあるのだが、やはりそうでもないようだ。

変わることを否定しないが自分は変わっても変わらない場所があるというのは気分的に心地よいというか昔の何かを思い出させてくれる「目次」のような役割がある。

個人的にはこれ以上変わらないで欲しいと思っている場所の一つ。

No related posts.

書籍