どうも。生きてます。
月曜日の朝、網走を後に朝6時から知床に向かいました。道中、天候が悪く知床峠は霧で何も見えず、摩周湖に行けどもそこは「霧だらけ」でまたしても何も見えず・・・。
そうは言いつつ写真は撮っていたのですが・・・・・、
間違って削除してしまっていた(T_T)
天候が悪かったのでさほどの枚数では無かったのですが荒れ狂う海とか撮った写真が全部パーである。非常に悔しい。どうもいまだに写真の管理が苦手というか、一つのメディアを連日使うとそういうミスが起こってしまう。
嘆いても仕方あるまい。機会があればまたいけばいいだけの話さ(そうは言いつつショック)。
さて、本日のお題。アバウトにダイジェスト、である。
結局のところ月曜日に網走をあとにし、天候も悪く途中立ち寄った釧路、帯広であまり興味がわかず、「だったらいっそのこと戻ってしまえ!」ということで札幌に帰ってしまいました。15時間、走行距離750キロといういささかハードなドライブだったわけです。
それで戻ってから何をしていたかというと、翌日は天気も良くなり、一路積丹半島経由で泊村を目指したわけです。
●9月4日 積丹→泊→余市
朝6時に実家をスタート。ひたすら西へ向かう。小樽までは小一時間。小樽をぬけ余市からさらに海岸線を走り一路積丹方面へ。

途中、疲れて休憩。前日の悪天候とは逆に快晴である。ちなみにこの日海岸線を走り続けるとずっと↑こんな景色。最初は感動していたがずっと続くので途中飽きてくる(笑)
積丹を越え、ひとまず「神威岬(かむえみさき、と読むらしい)」へ。ここは絶景だった。

写真では分かりづらいのですが、奥の遠くにある「灯台」がその岬。ここから徒歩で行くのですがこれがけっこう難儀。片道15分くらいかかります。しかもけっこう怖い。

↑この写真はほぼ灯台に着いたあたりから来た方角を撮影。真ん中の「細い白い線」みたいなのが歩道です。着く頃には汗だくです。
汗だくでけっこうな運動量ですが道中の景色が絶景なので仕方あるまい。

年配の人にはけっこう大変な道のりかも知れん。それで灯台のさらに先にはこんな景色も。

これは凄いねぇ。たぶん何かしら名前の付いている石なんでしょうが知りません<(_ _)>
それにしてもここはかなり見応えアリでしたなー。
そのあとは泊村へ向けて再びドライブ開始。
泊村とは聞いたことがある方もいるかも知れませんが北海道で唯一原子力発電所のある村です。この村だけで北海道の電力の三割近くを作っています。それでその泊原発のそばにある「とまりん館」という広報施設を見学。

北海道電力が運営している施設だけあってとても管理が行き届いております。
到着するとラッキーなことにちょうど館内の案内のタイミング&実際の原発見学ができる時間に着いた。「超ラッキーじゃん!」とか思いつつ申し込む。
館内の案内だけならすぐ受付してもらえるのですが、原発の敷地内の見学には身分証明が必要。同時多発テロ以来警備が厳重になっているとのこと。
そんで約束の時間になり館内案内集合場所へ・・・。
ワシ一人のみ!
係の人と二人で館内見学。これが非常に気まずい空気(笑)
係の人もフランクに話してくれれば良いのにさ、原稿棒読みなんだもんなー。後半になって少しほぐれてきましたがけっこう気を使いました。そんでこちらでは泊村の歴史なんかの説明を受ける。意外な発見多数。意外と面白かったですな。
そんでそのあとは原発のある敷地内へ。専用のバスで移動。ここで警備の厳重さに驚く。敷地内に原発(現在二基稼働中で一基建築中)を一望できる仮設展望台があるのですがそこに行くまで三箇所ほど検問あり。むろん敷地内では一切の撮影が「禁止」である。道警の警察官も常駐しているようなものものしさ。ちなみにガイドをしてくれたお姉ちゃんは地元採用の人。
また、見学中ワシ一人に対し、バスのドライバー、ガイドさん、北電職員の三名が張り付いている。これはこれであずましくない(落ち着かない)。
それで原発ですが燃料が「ウラン」というだけで仕組みは火力発電と一緒。敷地内に風力発電のデカイ羽なんかもありそれについての説明も。風力発電はなかなか実用化しづらいみたいだな。
見学後は再び館内に戻り一人でゆっくり見学。「無料の施設」の割にはけっこう面白い展示物多数。
ドライブがてら通ったら立ち寄っても悪くはない施設です。
その後、とまりん館のガイドさんから教えて貰った「とまり鰊御殿(にしんごてん)」を見学。こちらは300円ほどかかりますが、300円ならバリュー高し!

もともと「川村家」の母屋と「武居家」の客殿を移築した建物なんですが、けっこうしっかりとした造りでした。当時の鰊漁の繁栄ぶりが感じられます。
入ると係のおじさんに案内されるがまま、またしても一人で広間のビデオを見せられる。

この空間独り占め。
鰊漁は小樽が有名ですが意外とここ泊も侮れない(同じ海で漁をしているのだから当たり前と言えば当たり前なんですけどね)。
それでこちら。中に入ると中央に土間がありまして右側が畳敷きの部屋で「親方の住まい」で左側が「板の間」で漁夫の飯場だったそうな。親方と漁夫の差ははっきりしていたとのこと。

また、館内にはいろんな資料が展示されているのですがこの当時の川村家の繁栄ぶりを彷彿される品々多数でした。
そんで武居家の「蔵」もあり、大正から昭和にかけて泊という場所にしては「蔵書」がすごく充実しているのですが面白いもの発見。

昭和十六年当時の会社四季報。この時代に四季報読んで勉強していたとは相当な金持ちぶりだったのでしょうね。他にも住友信託の「保険信託案内」とかいう冊子もありました。展示室に書いてありましたがかなりな勉強家だったようです。
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ということでアバウトにダイジェストで書いてみました。けっこう疲れた。
鰊御殿のあとは恒例(?)のニッカ余市蒸留所の見学をし、ここでも見学者ワシ一人でガイドさんと二人きりといういささかやりづらい感じでした。
さらに翌日ですが;
・アサヒビール札幌工場見学&試飲の話
・札幌市内の昼間からやっている飲み屋散策の話
・二条市場の呼び込みはススキノの風俗の呼び込みと変わらない話
・二条市場の裏手に昼間からやっている飲み屋を見つけたがワシごときが入れるような雰囲気では無かった、という話
・歩き疲れてカフェでビール飲んだ話
・また疲れてアイリッシュパブでビール飲んだ話
・オーストラリア人が経営しているアイリッシュパブで客のロシア人と飲んだ話
などなどあるのですが、まぁそれはまた機会があればということで(笑)
ひとまず今日のところはこの辺で。